ライター

ライターにも、独特のこだわりがあった吉行さん。

いわゆる100円ライターはゼリーみたいな色が落ち着かないらしく、安い使い捨てタイプなら300円のフランス製の物を 購入していたという。

 

「もっとも、フランスでは100円ライターだが」という注釈つきで。

ちょっとしたブランドの物も使ってはいたが、外ではもちろん、家の中でも紛失することが多かった。

ダンヒルの製品はいくつか吉行淳之介文学館にも展示されていました。

使いこんでいていい味になったところを見ると、 「ナイナイアッタノセンセイ」の異名をとる吉行さんの紛失癖から逃れた運のよい製品たちといえるかもしれません。

特筆すべきは(?)、近藤啓太郎氏にもらったという「ブタライター」。

鴨川あたりにしか売っていないらしい、 いろんな意味で珍しいライターを気に入った吉行さんは、近藤氏に多めに送ってもらい、外出してはあちこちに進呈していた。

 

評価は・・・ご想像のとおりです。



落選

大学新聞の懸賞小説に応募して落選した経験がある吉行さん。

「原稿がドサリと音を立てて返ってきた」のがとても厭な感じで、 それ以来は懸賞に応募しなかったとか。

落選・・・。

一見、吉行さんにはあまり縁のなさそうな響きですな。



ラジオ王

庄野潤三氏のすすめで書いたラジオ用の戯文が週刊朝日に褒められたことがきっかけで、週に一度、朗読用の連続ものの文を 書くようになったその当時、吉行さん自らがつけたニックネーム。

ラジオだけで1ヶ月3万円くらいの収入があったという。

その頃の吉行さんは、やましい金銭を手放したがるように、また、 自分だけが多くの金銭を持っているのは具合の悪い様子で、仲間におごりたがっていた、とか。

金銭について、は、また別の項で。



らどんな

銀座のバー。

ここで「凄惨で壮絶な感じのブス」に会ったらしい。