映画

晩年は、映画館で坐っているのが辛いため、映画はもっぱらビデオで楽しんだという吉行さん。

「白い家の少女」「ハスラー」「ゴッド・ファーザーⅠⅡ」「ロッキーⅠⅡ」「太陽がいっぱい」「ヘッドライト」「ジョーズ」 「流されて」「地獄に堕ちた勇者たち」「ルートウィッヒ」「ベニスに死す」などは、一度見たにもかかわらずビデオテープに 撮っておくほどお気に入りの作品だという。

テレビ映画で面白く思ったのはスピルバーグ監督の「激突(原題:一騎打ち)」。

まだスピルバーグが有名になる前に面白いと 思ったというから、やはり見る目がありますな。


30代・40代には、2ヶ月に1度は映画館に足を運んで大きなスクリーンでアクションなどを見ていたという。

 

映画館でも、 試写室の小さなスクリーンででも、芸術作品を見るのは好まなかった。

というもの、映画はリフレッシュするために 見るつもりなのに、芸術作品を見るという行為は小説を組み立てるのと同じ頭の使い方をするから心身ともに疲れる、 というのである。

 

その上、感想を述べよなどと言われては、ぐったりなのだそうだ。

というわけで、もっぱらアクションや コメディを楽しむことになる。

吉行さん原作の映画については、別の項で。



英語

大学は英文科、しかも、高校時代からかなりの好成績であったらしい吉行さん。

英語の授業のノートなど、いかにも秀才のような 筆記体がビッシリ埋められていて、好成績は想像に難くない。

現に、著作でも英語力がかなりあったことを自ら語っていた。

キングスレー・エイミスの『酒について』も翻訳している。

易しい単語ほど辞書を多くひいて確認し、細心の注意を払いながら 手がけた翻訳は、エイミスの文章を崩すことなく、それでいて吉行さん流の日本語になっていて必読かと思われます。

が、阿川弘之氏に言わせると、吉行さんほどヒドイ英語を話す人はいないとか。

旅先でも単語を並べてコミュニケーションを とった、という記述もある。

ただ話すのが苦手だったのか、公衆の面前でラジオ体操ができなかったのと同様、流暢に話すという行為自体に一種の照れを 感じたのか?



エイスケ

吉行栄助:明治39年5月10日生まれ。
吉行さんの父親で、興芸術派の作家・吉行エイスケ。
1940(昭15)年7月8日、狭心症のため急死。享年34歳。

吉行さんは、エイスケの作品について、次のように述べている。


 しかしじつは私はそれらの作品をいまだに読んでいない。最初の小部分を読みかけた短篇は幾つかあるが、 終わりまで読み通せなかった。少年のころは一種の敵愾心のために、文章を書きはじめてからはその文章の古さのために、 読了できなかった。

 亡父の文章は、腐る部分のない文章を書こうという心構えを私に持たせたという点で、役に立ってはいる。

 亡父の疾風怒濤のような性格を、現在の私は懐かしくおもっている。それは、私にはないものだ。ともかくも、 吉行エイスケはダダとしては本物だったとおもっている。


『私の文学放浪』より

参照:「父親」



エゴ

吉行さんいわく、すべての愛情はつきつめるとエゴに至る。



円地文子

 円地さんはこわい人だとおもっていたし、今でもそうおもっているが、勝手なことを言っても笑って許してもらえた。 笑顔が無邪気で、とてもよかった。

 昨年秋に、円地さんは文化勲章を受章された。こういうとき、黙っているのが私の流儀なのだが、 考えた末に祝電を打っておいた。

 可愛い人で、育ちの良さをしみじみ感じさせるかただった。


『日日すれすれ』より



遠藤周作

作家。
1923年(大正12)3月27日生まれ。
1996年(平成8)9月29日 逝去。享年73歳。

東京・巣鴨で生まれ、戦争中は満州で暮らし、戦後は神戸で育つ。
灘中学校→慶應義塾大学文学部仏文学科卒業。

1955(昭和30)年『白い人』により第33回芥川賞受賞。
1953(昭和28)年、「一ニ会」(のちの「構想の会」)で吉行さんと知り合った。

新居を「狐狸庵」と名づけ、狐狸庵閑話(コリャアカンワ)と題したエッセイを発表。

狐狸庵先生といえば、「ホラふき遠藤」。

気安い友人にイタズラ電話をかけては笑いをとっていたという。

ホラをふかれてはアワをくっていた吉行さん、その表情が見たかったですね。

お互いがお互いのエッセイに登場しています。



鉛筆

 削ったばかりの鉛筆も、物悲しい匂いがする。やや揮発性の匂いは黒い芯の部分にあるのだが、匂いともいえぬくらいの ものが、木の部分にもある。木の部分にも役割はあって、その二つが混り合うことであの匂いができてくる。黒、赤、青の 順に、その匂いは稀薄になってゆき、芯の成分のせいか青鉛筆には心の底を刺戟するものは、ほとんど無い。

『光の帯』より