鬱病を経験した吉行さんであるが、躁病はどうか。


北杜夫氏のように躁と鬱がワンセットになる場合も多いが、吉行さんの場合は重い鬱と、軽い躁を患ったようだ。

しかも、その躁病というのは、薬による副作用である。

いつもはしない事などをしたりもする。

たとえば、本棚を整理しているうちに思い立って、ベッド脇の机を どけてステレオを設置。

しかも、ギックリ腰になりそうな体勢で階段を降りての移動である。

普段の吉行さんなら 慎重に考えてとらない行動であろう。



葬式

葬式とは死んだ人のための儀式ではなく遺族のための儀式だということで、葬式をあげること自体は否定しなかった吉行さんだが、 やはり形式にはこだわった。

まず、無宗教で行うこと。

そして、香典の類は辞退するということ。

よって弔問もお断りである。

生前から遺書は記していたようだ。

 

というのも、戸籍と実生活での差があったから、遺書によって吉行さん亡き後の方向を キッチリ整理しておく必要があったのだろう。

とにかく、死体を二人の女が取り合ったりするようなことは 避けなくてはならなかった。

また、吉行さんが出る場合の葬式については、生きている人間の方を優先、死んでしまっては誰が弔問に来たかはわからない、 という考えのもとで、自分の体調が悪いときには余程の関係でない限り欠礼していたという。

まさに、「死んだやつはほっておけ」である。

この姿勢にも、もちろん体力・病気に関係がある。

たとえば、四十歳を過ぎてから毎日のように葬式に出かけることがあり、その時に次のようなことを言っている。

 これでは死者のために生きているようで、なにか理不尽な目に会わされているような気分だった。死ねば「無」 なのだからなにも出かけることも、とおもうのだが、失礼するとやはり後味が悪い。

『樹に千びきの毛蟲』より



雑煮

 雑煮が私は大好きで、休みが終わってからも朝めし替わりに食べて小学校へ出かけていた。二月の末までその雑煮がつづいて、 友人に話すと異常だと言われた。

『石膏色と赤』より



蕎麦

お気に入りは、仲町の「藪」と、浅草並木の「藪」。

「一番うまい店だとおもっている」



蚕豆

吉行さんの好物。うーん、ちょっと意外?

頭部が蚕豆になった男が自分の顔の肉をむしってムシャムシャ食べる、という夢を見たとどこかに書いてあったが、そのヤケクソな 感じや自分の体を養分にしていく、という様なんかを見ると、吉行さん自身に関係が?と思わないでもない。